論破を見て面白がる前に『チャラカ・サンヒター』を読もう

だいぶ前に、「インド人の論理学」(桂紹隆著、中公新書、1998)を読んだ。その本の中で、古代インドの医学書「チャラカ・サンヒター」が紹介されている。そこには、論争をどのように行えばよいかが事細かに書かれている。インド人は昔から議論好きなのだ。

さて、最近というわけでもないがSNSやネットで「論破」などというのがもてはやされている(もっとも、もてはやされているのかどうかは知らないが、論破好きの人たちはよく見かける)。

チャラカ・サンヒターには、どのような場合に討論相手を論破すべきなのかについても明確に書かれている。詳細は上記書籍か原典を参照するとよいが、抜粋すると、

対論相手には「自分より優れたもの」「劣ったもの」「対等なもの」の3種類あり、論争の聴衆には「賢い聴衆」と「愚かな聴衆」の2種類ある。さらにその聴衆は論争者に「好意的な聴衆」「中立的な聴衆」「相手に荷担した聴衆」の3種類に分けられる。つまり、聴衆には2×3=6種類の聴衆に分類される。結果として、相手と聴衆により、論争の組み合わせは18種類となる。

では、その組み合わせの中で、どのような論争を繰り広げればよいかというのが次のように明言されている。上記の本から引用する。

論争を始める前に、まず聴衆を見渡して、

①聴衆が相手に荷担しているようなら、いかなる相手とも論争しない。

②聴衆が相手に荷担しているようでない場合、
 |–③聴衆が愚かそうなら、
 |  |–④自分より劣った相手と論争し、論破する。
 |  |–⑤自分より優れた相手とは論争しない。
 |  |–⑥自分と対等の相手とは?(言明されない)
 |–⑦聴衆が賢そうなら、
   |–⑧聴衆が自分に好意的な場合は、
   |  |–⑨自分より劣った相手・対等の相手と論争し、論破する。
   |  |–⑩自分より優れた相手とは論争しない?(言明されない)
   |–⑪聴衆が中立的な場合は、
     |–⑫自分より優れた相手とは論争しない。
     |–⑬自分より劣った相手と論争し、論破する。
     |–⑭自分と対等の相手とは?(言明されない)

ここで興味深いのは、論争相手のレベルだけでなく、聴衆のレベルにより分類している点だ。まず、聴衆が相手に荷担している場合、いかなる相手とも論争してはならない。相手に荷担していなければ、聴衆の質によって微妙に論争すべきかどうかが異なっている。ただし、いずれの場合も、自分より優れた相手とは論争しないのがよしとされている。

本書には、各場面において、どのように相手を論破していくか、その具体例が示されているが、その内容はとても面白い。現代の討論場面でも駆使されるテクニックと全く同じだったりする。逆に言えば、AIなどテクノロジー全盛のこの時代においても人間のやっていることは、2000年も昔と何ら変わっていないということだろう。

さて、これを読むと、論争を行っている二者だけではなく、それを見ている聴衆の質、レベルに論争が左右されるということがよくわかる。昨今の論争を見ていると、誰彼構わず論破調で臨んだり、聴衆を不愉快にさせる言動しかしない討論者を見かけるが、聴衆が賢い場合は瞬時にその無能力さが見抜かれてしまう。逆に言えば、そういう態度ばかりとる討論者は、聴衆のことを自分に好意的で愚かな聴衆たちであると思っているのかも知れない。

話は変わるが私は落語がすきなのだけれど、噺家さんたちは、当日の寄席のお客の雰囲気を見て、話すネタを決めることがあるという。つまり、聴衆のレベルに合わせ、うけそうなネタを変えるということだ。当然、客が寄席にこなれて笑いに厳しい目を持っていれば、それに応える大ネタや難し目のネタを繰り出すだろうし、客が初めて落語を聴く人たちばかりであれば、単純に笑えるやさしいネタを持ってくるかもしれない。

討論もそれと同じなのだろう。聴衆が賢ければまともな論争をするかも知れないが、レベルが低ければ単なる論破合戦に終始して、レベルの低い論争にしかならない気がする。

論破者に馬鹿にされないためにも、質の高い討論を聴くためにも、賢い聴衆にならなければならない。まずは、論破を見て面白がる前に、チャラカ・サンヒターを読んでみるとよい。もしくは、レベルの低い論争より、寄席に行って落語を聴いてみる方がよっぽど面白いかもしれない。

最後にチャラカ・サンヒターは論破合戦を認めているわけではないということを強調しておく。以下再度、引用する。

敵対的に論争する場合でも、道理をもって行うべし。人は道理を踏みにじってはならない。なぜなら、敵対的討論は、人によっては、激しい敵意をもたらすものであるから、人は腹を立てると、何をするか、何を言うか分からない。だから、賢者たちは、よき人々の会合では口論を認めない。一旦、論議が始まったら、以上のようにするべきである。

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