【書籍】ブッダ神々との対話-サンユッタ・ニカーヤⅠ-

中村元訳『ブッダ神々との対話-サンユッタ・ニカーヤⅠ-』(岩波文庫)、岩波書店、1986年

『サンユッタ・ニカーヤ』(Saṃyutta-nikāya)の日本語訳。第一集「詩をともなう集」(Sagātha-vagga)の第一篇から第三篇が収められている。

第Ⅰ篇は「神々についての集成」で、神とブッダとの対話。第Ⅱ篇は「<神の子>たち」で、神の子とブッダとの対話。第Ⅲ篇は「コーサラ」で、コーサラ国王パセーナディとブッダとの対話になっている。

読書メモ

  • 第一集、第Ⅰ篇、第一章、第10節(1-Ⅰ-1-10)
    「かれらは、過ぎ去ったことを思い出して悲しむこともないし、未来のことにあくせくすることもなく、ただ現在のことだけで暮らしている。それだから、顔色が明朗なのである。ところが愚かな人々は、未来のことにあくせくし、過去のことを思い出して悲しみ、そのために、萎れているのである。-刈られた緑の葦のように。」
  • 1-Ⅰ-4-4
    「怒りを捨てよ。慢心を除き去れ。いかなる束縛をも超越せよ。名称と形態とにこだわらず無一物となった者は、苦悩に追われることがない。思念を捨てた、空想に耽らなくなった。」
  • 1-Ⅰ-8-8
    「人は自分を与えてはならない。自分を捨て去ってはならない。ひとは、善いことばを放つべきである。悪いことばを放ってはならない。」
  • 1-Ⅱ-1-8
    「悪いことをするよりは、何もしないほうがよい。悪いことをすれば、後にくいる。善いことは、するほうがよい。なして、後に悔いがない。」
  • 1-Ⅱ-2-3
    王舎城竹林園の「栗鼠飼養所」ってなに?
  • 1-Ⅲ-1-1
    「若いからといって見下してはならない。若いからといって軽蔑してはならない。」→王族、蛇、火、修行僧
  • 1-Ⅲ-1-5
    自己は内面的に護れ
  • 1-Ⅲ-2-1
    「端麗な容貌によっても、いかなる人の心も識り得ない。動作を見ることによって信用するな。この世では、よく身を慎んでいる人のように見せかけて、その実は慎みのない人々が、この世を闊歩している。まがいものもあり、泥土でつくられた耳輪のようなものもある。金のメッキがしてある半マーシャの銅のように。或る人々はつき従う仲間をつれて歩き廻っているが、内心は不浄で、外側だけ立派なのである。」
  • 1-Ⅲ-2-6
    「女人といえども、或る人は、実に男よりもすぐれている。」
  • 1-Ⅲ-3-2
    「すべての生きとし生ける者どもは、死ぬきまりのもので、死を以て終わり、死を超えることはできない。」
  • Saṃyutta=相応(身分相応の相応の意味ではない)、集成
  • 名称と形態=身心より成る個人存在
  • 雑阿含経

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